秋 だ よ り





天候不順でメンテナンスに苦慮しておりますが、クローズ迄出来
る限りベストコンディションで皆様をお迎え出来るよう、コース
管理スタッフが頑張っております。また、当ゴルフ場はモミジを
はじめ多くの落葉樹があり、女性ゴルファーの皆様にも好評です。
是非、ご来場ください。
総支配人
2017年10月14日
vol.16

10月14日のコースの写真
昨年の11月初めのコースの写真
金木犀を5月に10本コース内に植えました
5、6は早くも花をつけました
宮城野萩
パンパスグラス


日本みつ蜂と自然度
昔は日本全国に多くの日本みつ蜂が普通に目撃されていましたが、現在は自然豊かな場
所に細々としかし、しぶとく生きています。南秋田CCは自然豊かなコースを目指して
おり、この度日本みつ蜂養蜂研究家、滋賀県大津市在住松井勤様のご指導のもとゴルフ
場内5ヶ所に巣箱を設置致しました。7月12日には蜂蜜を採取することが出来ました。

日本みつ蜂待ち箱設置現地調査 4月12日 採蜜作業 7月12日
野生の日本みつ蜂確認 5月12日 採蜜を添えたパンケーキをレストランで提供


5月3日、スタート室前から見事に鳥海山の写真が撮れました。
ほとんど撮ることのできない貴重な写真です。プレーヤーの皆様も驚きでした。

開場40周年記念碑が完成しました
2016日本スポーツマスターズ2016秋田大会の開催記念と
ルールブックよりゴルフの精神を引用致しました

10ホールティインググランド付近に建立しました

碑 文

開場40周年記念碑

日本スポーツマスターズ2016秋田大会
ゴルフ競技女子会場 2016年9月7日〜9日

            ゴルフの精神
        ゴルフはほとんどの場合レフェリーの立ち会いなしに
        行われる。また、ゴルフゲームは、プレーヤーの一人
        ひとりが他のプレーヤーに対しても心くばりをし、ゴ
        ルフ規則を守ってプレーするというその誠実さに頼っ
        ている。プレーヤーはみな、どのように競い合ってい
        るときでもそのようなことに関係なく、礼儀正しさと
        スポーツマンシップを常に示しながら洗練されたマナ
        ーで立ちふるまうべきである。これこそが正に、ゴル
        フの精神なのである。


            エチケットを守って楽しいゴルフを。
            ルール規則第一章エチケットより抜粋。

           2016年10月10日建立
          南秋田カントリークラブ


コース内の施設管理報告
ハウス前御神木の剪定作業中 むつみ造園土木梶@
剪定作業後

完成した橋
bP4ホール bP4ホール



2016年を振り返って
日本スポーツマスターズ2016秋田大会ゴルフ競技 女子
9月7日(水)〜9日(金)
開催

ショットシーン 表彰式 成績発表
成績表

開場40周年記念事業
記念講演会
7月30日
秋田キャッスルホテル
ゴルフ評論家 大西久光氏
演題「ゴルフはもっと楽しく」
プロゴルファー 横田真一氏
演題「ゴルフのコツ」


ナイトイン南秋田
7月11日
クラブハウス
秋田県大館市出身のJAZZヴォーカリストmegさん、
ピアノ北田了一さん、ベース佐藤博基さん、ドラム太田徹さんによる生演奏

南秋田カントリークラブみちのくチャレンジトーナメント
7月28,29日開催
優勝 池村寛世

成績表
優勝 池村寛世プロ
南秋田カントリークラブみちのくチャレンジトーナメント
歴代優勝者
2014年 福永安伸プロ 2015年 森本雄プロ
2012年 河野祐輝プロ 2013年 杉山佐智雄 プロ


クラブハウス設計 
株式会社レーモンド設計事務所

JGA公認コースコースレーティング認定が届きました
JGA/USGAコースレーティング及びスロープレーティングが
下記のとおり決定しスコアカードもリニューアルしました


各ホールティマークは6種類用意しております 
年齢や性別によりプレーヤーの皆様で選んでプレーしてください
Black(黒) Blue(青) White(白) Gold(金) Red(赤) Green(緑)
courselate slope courselate slope courselate slope courselate slope courselate slope courselate slope
Male
(男 性)
73.2 132 70.5 129 69.9 127 66.3 117 65.4 114 62.8 106
Female
(女 性)
80.1 144 76.9 139 76.4 137 71.7 127 70.2 125 66.9 118


バンカーレーキが理事・委員の皆様より
100本寄贈されました☆

長年バンカーレーキの不足と劣化が指摘されていましたが、セルフ
プレーが増加する中、マナーアップの必要性が重要となり、エチケ
ット委員会の発案により理事会で寄贈が決定し、平成22年6月より
グリーン周りのバンカーを中心に設置致しました。マナーが乱れる
ことなく、さらに気持ち良くプレー出来るゴルフ場になれるよう、
皆様のご協力をお願い致します。



友人の MASA NISIJIMA さんよりメールが届きました。とても興味深いお話ですので、
ご本人了解のもと掲載させていただきました。

T
田村 和男 様へ
From: MASA3GOLF@×××.com
Sent: Monday, December 13, 2010 6:33 PM
To: kazuo-23@×××.or.jp
Subject: バンカーレイキの歴史についてTeam Masaメンバー各位&関係者の皆様

某名門クラブのかつてのオリジナル図面に
描かれていた巨大なバンカーから
このコースが完成した戦前当時、日本にはバンカーレイキ
(Bunker Rake )
は存在していたのか?という疑問を
抱くと同時に、ではバンカーレイキの誕生はいつ頃だったのか?
すべてのバンカーにレイキたるものが置いたのはいつからなのか?
ゴルフ史家の皆様にもお尋ねしたところ、
意外にもこの事は知られていないようです。
ゴルフ史の盲点とでもいいましょうか。

1918
年開設のPine Valleyが、今もバンカーは
ペナルハザードとしてレイキを置かない主義を貫いていますが
米国Golf Magazineでの調べでは、1920年代にレイキは存在したが
それはグリーンキーパーたち管理スタッフの為のものであって
けしてバンカーにレイキを配置したという記録が見当たらないそうです。
戦前の古いコース写真を見てもレイキらしきものは見当たらず、
写真に登場してくるのは1950年代に入ってからになります。
私が調べたものでも、レイキはSt.Andrews Edenでの
キーパーがバンカーを均している写真一枚だけです。
米国でもバンカーレイキの歴史は、Golf Club AtlasGolf Course Sience
など、専門家たちのウェブサイトの間でも、昨年話題になりました。

さてゴルフ史家、コレクターとしても第一人者の
藤岡三樹臣氏に調べて頂いたかぎりでは、
バンカーレイクの用語がR&Aのルール上に載るのは
なんと2004年からだそうです。
しかし、1919年にはじめて、バンカーの整地義務が唱えられたそうです。
但し、それは絶対に行わなければならないという文面解釈にはなく
それは打つ前の状態にできるかぎり戻すことが望ましいという内容です。
藤岡さんの話では、当時、プレーヤー達はクラブを使って均していたのだろう
との事でした。

そこで、私はある人の事を思い出しました。
それは神奈川の旧藤沢CC(設計赤星兄弟、アドバイズ C.H.Alison
ご記憶に新しいと思いますが、今年、私はチョイス誌で現存する
クラブハウス通称"グリーンハウス"の記事、題して
"
名士たちの永遠のひとかけら"を掲載しました。)
が開設した1932年、当時少年キャディだった鈴木さんでした。
現在は87才になられる方で、旧藤沢コースの18ホールのジオラマを
作成した方です。
私は鈴木さんにお電話で当時のメンバーたちが、バンカー処理を
どのようにされていたのかお伺いしました。
そのお話しの内容を以下に纏めました。
「当時はバンカーレイキなるものはなく、メンバーの皆さんが
打った後に、足で均し、それがいい加減な時は、キャディが
ご本人様のクラブを使って均しました。当時の藤沢は、斜面に沿って
深いバンカーがあり、赤星さんたちのように一打で出る人はまれだったのです。
当時メンバーたちは12本のクラブをバックに入れていました。
その中にサンドウェッジなんてものはありません。ですから皆さん9I
バンカーを脱出していたのです。
ただ数名の方はダイナマイトという名称のクラブもお持ちで、その方たち
のバッグの中には、アイアンは1I,2Iも含まれていたのです。
藤沢が閉鎖される12年前に、バンカーの脇にレイキが置かれたそうで
それは当時、戦争で男性キャディがいなくなった代わりに、
女性がそれを勤め、その話を彼女たちからお聞きしたことがあります。」

鈴木さんのご記憶が確かであるならば、藤沢の閉鎖は1943年ですから、
バンカーレイキは、日本では194142年頃に登場したことになります。
更に、
私の「当時ゴルフコース造成に関わった地元の人夫たちは数百人は
いたはず、彼等は開設後はゴルフ場で働くことはなかったのですか?」の質問に、
「それは私たち少年もそうでした。大人たちの手伝いにかり出され
そしてキャディ教育を受けたのです。それ以外にも当時工事に関わった
人たちの多くがコース管理に雇われました。」
鈴木さんは電話ごしに夢中になって話して下さいました。
私は更に質問しました。
「鈴木さんが当時のメンバーのことで思い出されることは
ありますか?
鈴木さんは答えます。
「当時、私たちにとってみれば、メンバーは時代劇の
殿様みたいなものですよ。その中でも赤星兄弟のドライバーショット
は、はっきり脳裏に焼き付いています。低い球筋で220240ヤードは
飛ばしていたと思います。それは他のメンバーの飛距離よりもはるか彼方
という感じがしました。とにかくお二人とも背が高く、6尺は超えて
いました。誰よりも体格に恵まれ、そして私たちには"君も大人になったら
ゴルフをするんだぞ"と言って下さる優しい殿様でした。
赤星家の方が来られる時は、キャディマスターも緊張されていました。」

電話で当時のことを回想してもらうのは
あまりにもったいない。
私は明日鈴木さんとお会いする約束を致しました。
きっとまた面白い日本のゴルフ史話がきけるかと思います。

私は常々思うことがあります。Pine Valleyのように
日本の古い倶楽部にも、バンカーレイキなど置かないコンサバティブな
倶楽部があっても、いいのではないかと。
藤岡さんのお話にもありました。
「バンカーはハザードの一部であり、入れることがペナル。
砂面にソールして良いも悪いも、柔らかい砂面にソールすれば
ルール上はライの改善となるのだから、今回の検索結果をもとに
もう一度バンカーに対する基本的意識は改める必要はある。」
今回のバンカーレイキの話、チョイス誌で改めて紹介したいと
思います。

Best Regards
MASA NISHIJIMA

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U
田村さん

From: MASA3GOLF@×××.com
Sent: Saturday, December 18, 2010 3:58 PM
To: kazuo-23@×××.or.jp
Subject: MASA

藤岡さんが調べてくれたところでは
バンカー脇にバンカーレイキが置かれるように
なったのは、米国では1920年代のオークモントCC
最初だろうとのことです。
当時のオークモントにはパターで出すバンカーがひとつあり
そこはフラットに整地されていなければローカルルール上
宜しくないとの判断で、キーパーが使用しているものを
ひとつ配置したそうです。

日本の当時のレイキは木の板をT字に組み合わせたもので
鉄などの金属は軍からの没収を恐れたのでしょう。

88
才になられた鈴木さん(旧藤沢CC少年キャディ)から
愉しいお話しを沢山お聞きしました。
ひとつは当時のキャディはメンバーとは一切口がきけず
メンバーから声をかけられた時のみ、話せたそうです。
つまり身分の差、貧富の差は凄かった。
日当は4050銭、時にメンバーからチップも頂いたそうで
その額は、50銭から1円。
赤星家は一切チップはくれなかったようです。
その当時藤沢市の庭師の日当が1円〜2円だったそうです。
平日は鎌倉からなどから婦人ゴルファーが20名程度
来られていたそうで、週末は男性のみだったことから
彼女たちは後に隣接して女性だけの会員クラブ、
メリーゴルフ倶楽部を設立しました。

ひとつわかったことがありました。
日本はじめアジアでは何故女性キャディなのか。
戦前は日本も男性キャディだったのですが
戦況があやしくなるにつれ、男性は兵隊にとられる。
そこでなり手がなくなり、
女性がキャディを務めるようになったそうです。
アジアの国も皆同じ状況だったのでしょうね。

Best Regards
MASA NISHIJIMA

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業務提携

  


心にのこる18ホール
南秋田カントリークラブ

〒010-0122 秋田県秋田市金足吉田字浅田1-1
TEL 018-873-3824 / FAX 018-873-5940